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empfangen candle

あの一言から、蝋燭をつくり直した日々

10月13日
読了時間: 5分

〜 炎を通して出会った、わたしと人 〜




蝋燭をつくり始めてから いろんな人との出会いがありました。

嬉しかったことも 驚いたことも 考え込んでしまったことも。

振り返ってみると 何気ない一言がきっかけとなって 自分の創作を大きく見直した時期がありました。

まだ活動を始めて間もない頃の話。





「ちょっと火が強すぎるんだよね」



友人たちとキャンプをしていたときのこと。

一本の蝋燭を灯しながら みんなで談笑していました。

夜も更けて それぞれが自分の時間を過ごし始めた頃。

ひとりの友人から

「ちょっと火が強すぎるんだよね」

と言われたんです。

えっ?


確認してみると

いつもと変わらない大きさの炎。



わたしにとっては

バランスよく灯っている炎でした。



でも、その人にとっては強すぎる炎だった。



眠りにつこうとする時間。


暗い空間の中で揺らぐ炎は

思っていた以上に大きく感じられたようでした。



同じ炎を見ていても

そのときの環境や

過ごしている人によって感じ方は違う。



そんなことに驚いた夜でした。


そして、その夜。

わたしは一睡もできませんでした。




全部、つくり直そう


それまで

炎のバランスを考え

蝋燭をつくっていました。



でも、あの一言をきっかけに 今までつくってきたものを もう一度見直そうと思ったんです。

炎と蝋燭のバランス。

灯す環境によって変わること。

どんなふうに燃焼していくのか。


何度も何度も つくっては灯し 確かめることを繰り返しました。

キャンドルは 暮らしを彩るものでもあるけれど 火を扱うものです。

だから、安全性は欠かせません。

当時のわたしは 炎をできるだけ一定に 安定して灯せるようにすることを ひとつの基準にしていました。

けれど 自分がつくる蝋燭は どうも思うようにならない。

どこが違うんだろう。

どうしたらいいんだろう。

研究すればするほどわからなくなっていきました。

その頃は 雑貨屋さんの一角をお借りして 蝋燭を販売していた時期でもありました。

けれどこのままお客さまに届けていいのだろうか。

次第に自信がなくなり 販売していた蝋燭を一度すべて引き下げました。




「出来上がるまで待っていて」


販売を止めているあいだにも 蝋燭を求めて訪ねてくださる方がいました。

でも、わたしはお渡ししませんでした。

「今はまだ納得がいっていないから。   出来上がるまで待っていて」

そう伝えていました。


手渡せば売上になったかもしれない。

次にいつ来てくださるかもわからない。

それでも納得できないまま届けることは選びませんでした。

いつも愛用してくださるお客さまには 一緒に火を灯しながら 燃焼の様子を確かめることにも協力していただきました。

けど、やればやるほど迷子になっていく。


もしかしたら

わたしには人に届けられる蝋燭を

つくれないのかもしれない。


そんなことまで考えてしまいました。





じゅんちゃんらしいものを


製作のテストにも協力してくださっていた方が こんな言葉をかけてくれました。



「じゅんちゃんは   じゅんちゃんらしいものを作ったらいいんだよ」

わたしにしかつくれないものがあること。

目に見えるものや 言葉やデータだけでは 捉えきれないものを感じて

受け取ってくださる人がいること。

一般的な形式に合わせることだけが ものづくりではないこと。

そんなお話をしてくれました。

その方は わたしの蝋燭を使い続け 一緒に試行錯誤してくれていた人だったから その言葉は心に残りました。

一般的なキャンドルが好きな人もいる。

わたしのつくるキャンドルを 好きだと感じてくれる人もいる。

誰かに合わせて すべてのリクエストに わたしが応えようとしなくてもいい。


みんなに同じものを届けようとしなくてもいい。


そのことに気づいて 少し気が楽になったんです。





蝋燭を通して、わたしを見ていた


あの頃を振り返りながら わたしの癖やパターンも再確認してました。



みんなに好かれていたい。


嫌われたくない。


必要とされていたい。


そんな気持ちがわたしの中にあった。



友人が言ったのは そのとき灯っていた炎についてのこと。 わたしはいつの間にか 蝋燭への言葉を 自分自身へ向けた言葉のように 受け取ってしまう癖。

蝋燭を通して 自分自身が否定されたように 感じてしまう自分にいつも怯えていた。



誰かと比べて自分を測ろうとすること。

比べて落ち込む自分を嫌になっていたこと。




今は。。。



比べることで自分が何を感じたのか。

何が違うと思ったのか。

そこからわたしは何を選んでいくのか。


違いに出会うことが 自分の創作を見つめ直す きっかけになることもあります。

比べることも 悔しくなることも 落ち込むことも。

そこから生まれてくるものが たくさんある。




それから10数年


あの出来事から時を重ね 蝋燭をつくり 火を灯し、届け続けました。

そして、

新しい素材との出会いから ich pillarが生まれました。



初めてテスト燃焼したとき。

目の前で変化していく蝋燭を眺めながら

とんでもないものを生み出してしまった。

衝撃でした。

それまで 自分が持っていたキャンドルの概念が 一気に覆されるような灯り方。

あの頃の経験がなかったら この炎をどんなふうに受け取っていただろう。



あの頃のわたしへ


あの頃の自分に会えるとしたら。

自信をなくしてもいい。

全部やり直してもいい。

悔しいことも 悲しいことも いろいろあるよね。

逃げたくなることがあってもいい。

でも、 きっとまた向き合ってしまうんだろうね。

そんな自分のこともよく知ってる。


購入したいと言ってくださる方に 正直に今の状況を伝えたこと。

次に来てくださるかわからなくても 自分の判断で届けないことを選んだこと。

あの頃は できないことばかりを 見ていたかもしれない。

でも、ちゃんと 選んでいたこともあったね。

一本の蝋燭を 囲んだあの夜の何気ない一言。

そこから始まった 長い試行錯誤の日々。

そして一緒に火を灯してくれた人たち。

どの出来事も 今のわたしの創作の中に 染み込んでいます。



目の前の蝋燭と向き合いながら。

今のわたしがつくれるものを これからも創作し続けます。






 
 
 

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